パクリかオマージュか、たとえばうちらRÖUTEでいえば人間椅子の「三十歳」に感化されて出来た「四十歳」なのだが、B浪岡が原曲を作っていたのである。
人間椅子の三十歳同様、各パートの見せ場が曲中にある曲だったので、これはいいと思い、とくに断りも無く「四十歳」として歌詞を書いた。
うちらメンバーは全員昭和52年生まれの現四十歳なので、皆さん気に入っている模様。
三十歳に似ているところといえば中間部のメンバーのソロプレイくらいで、悪の華に対するメカニカルダンスのように、曲を聴いてにやりというよりは、曲名でにやり、なのである。
だからまったくRÖUTEを知らない人間椅子好きに対しては、曲を聞かせずともつかみはオッケー、是非聞いてみたいと興味を持たせる曲なのではないか。
もちろん人間椅子を知らずとも、自虐とも応援歌とも思わせる面白い曲名は、耳目を集めるはずと思っている。
パクリかオマージュか、の話しに戻るのだが、どこまで憧れの原曲に迫っていいのか?という事である。
メカニカルダンスの出だしのベースの刻みだって、このリフは悪の華のパクリだというのなら、RÖUTEの曲だって全部どこかのメタルバンドのパクリとなろう。
オマージュとは諸刃の剣で、下手をすると相手は敬意と受け取ってくれず、盗作と言われかねない。相手の風格とか、そういう顔色も伺わなくてはいけないと思う。
若手のバンドが少しパクって、それを細めた目で頷きながら聞き入る、パクられた(リスペクトされた)側の王者の風格というか。
クラスで無視された屈辱を題材にした「トゥルースルー」という曲を作成中なのだが、それに対しルナシーのJがオイコラと懸念を示すはずは無いだろう。
曲名に対してのオマージュならべつにいいのか。
たとえばRÖUTEの「サイレントレイン」なんて、もう説明する必要も無いと思うのだが、エックスのサイレントジェラシーとエンドレスレインを合わせたものである。
ヨシキの作る曲はどれも凄すぎて、似たような曲調でオマージュするのは困難なような気がする。せいぜいオレには、曲名を似たようなものにするくらいしか。。
オマージュされた曲をパクリだ!と騒ぐバンドは、そもそもウツワに難ありだろう。
オマージュされた曲が売れ、自身のバンドを脅かす程になる事を恐れるがあまり?良い事ではないか。世代交代ってやつだ。
そうやって日本のロックシーンが隆盛し続けるのなら、自身のバンドがその一助となったのだと、胸を張ればいいと思う。
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