最近GYAOでやっているブラピ主演、デビッドフィンチャー監督の「セブン」、久々に観たのだが、やはりこの映画以上の衝撃のラストはないのではないか。
オレは同監督作の「ゲーム」のラストの方が好きだが。バッドエンドからのハッピーエンドでホッとするのだ。
以下、これから観ようとする人はネタバレになるので、注意!
ざっとのあらすじなのだが、オレも含めキリスト教に疎い日本人には分かりづらいと思うが、七つの大罪を体現すべく異常者が犯行を重ねるのだが、それをブラピ扮するミルズ刑事が追うというストーリーである。
そしてその衝撃のラストは、ブラピが犯人を取り逃がす事で犯人はターゲットを変更、ミルズの奥さんに向けられるのである。
殺される7人のうち6人目が奥さんで、逆上したブラピが犯人を射殺、自分が殺される事で犯人は7つの大罪を成就させる。
「殺せば犯人の目的達成でお前の負けだ!」とブラピは制止されるも、葛藤の末に・・・このラストが最大の見せ場なのだ。
あれだけ犯人を追っていたのに、あっさり自首してきた犯人。もう一人の死体のありかを教えるから、そこまで連れて行ってくれ、そしてそこに、殺された奥さんの生首がデリバリーされるのである。
前置きが長くなったが、配役というのは本当に重要なのだと思った。
同じようにクビチョンパされるといえば寄生獣の主人公新一のお母さんなのだが、セブン同様に首を切断されるシーンは無いのである。
バタリアンの冒頭の、このようなシーンは無いという事だ。


視聴者の想像を掻き立てるから、よりショッキングなのである。
寄生獣の原作ではきれいな若いお母さんだったから、その悲しみがより助長されたのに、実写版でその配役は余貴美子で、なんだか肝っ玉母さんみたいでがっかりだった。
寄生獣にクビチョンパされて乗っ取られるのだが、実写版の余貴美子だったらなんとか交戦出来そうだからだ。
セブンのグウィネス・パルトローも寄生獣原作のお母さんも、キレイでか弱くなんらかの孤独を抱えていたからこそ、被害に遭う事の不条理を視聴者は深く思ってしまうのに、寄生獣のそれは本当に配役ミスだったと思う。

原作にはない実写版オリジナルのお母さん生首シーン。不要である。想像にお任せの方がよかった好例だ。

寄生獣実写版は面白かったがこのお母さんの配役だけが残念だった。深津絵里がお母さん役の方が良かったのでは。田宮良子はそうだなあ、宝塚の天海祐希とか。
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