女性は男に飽きられないようにその男の欲情の対象であり続けるよう努力するべきであり、男は女性に他へ走られないよう、魅惑の調教師として君臨するのが、望ましいのだろうか。
お互いに成長すべきだと思う、自分の合わせ鏡な恋人。
成長は性に関しても一緒であろうか。
共に人生を歩んでいこうと決め、結婚という名の元に、漠然とした人生の目標や到達点を共有するのに、現代の恋愛事情は二人の「性」というものを、果たして優先順位の、どこいらあたりに持っていっているだろうか。
「性」における二人の到達点。
その性の向上心の合致が、オレは「相性の良さ」であると思う。
その相性の良し悪しを軽視して結婚をし、その結果結婚生活に訪れる悲しき結末。
純粋な女性を軽がるしく騙し、交際や結婚を申し込む男には軽蔑の目と、結婚制度に縛られて、自由な幸せを求められなくなってしまった女性には、同情を感じる。
付き合ってください、結婚してください。幸せにします。
相手への本当の幸せって何かを、分かって言っているのだろうか。
結婚という制度で女性を縛りつけ、自分だけを見続けさせる術を法に頼る時代は、既に終わっている。
自分だけを見続けさせる要因は、カネ、社会的地位、裕福な生活では決してないと思う。それにそんなもので感情が左右される人間は大した人間ではない。
芥川龍之介著、「杜子春」を読んでから、それはオレの中で小学生の時から一貫している。
カネも社会的地位も何も無いオレが言っても説得力はないが、そんなものが本当の幸せだと言う女性には会った事が無いしむしろ、愛もないのに、カネがあって、立派なお屋敷に住んでいる事の方が、寂しさを増大させると思うな。
カネや、綺麗な住まい、何不自由の無い、“幸せそう”な世間体こそ、真綿での締め付けの何ものでもないだろう。
自由という名の囲いで不自由に過ごす、正にそれだ。(RÖUTE/完全燃焼の歌詞)
ありきたりな言葉だが、お金で愛は買えないし、やはり愛こそは全てと、ジョンレノンが言ったのは正しかった。
オレは社会的地位は底辺だし、今サイフに300円位しか入っていない。
オレが思う社会的底辺とは、女をカネで買うとか、女性を殴るとか、女性を一生幸せにすると言っておいて、何年か後にレスにさせてしまうなどである。
(でもそれでいて、結婚の枠外を妻が求めたらダメなんだろう?世間体ってなに?)
二人の関係を冷えた関係にさせてしまうとか、感情の変化は多少しょうがない部分はあると思うけれど、そこら辺に底辺の意味を考えてしまう。
音楽や絵画や芸術などのエンターテイナーによって、世の中の女性全てを悦ばせるのは、並大抵の事ではないし、限られた者にしかできないだろう。
でも、唯一の女性を悦ばせられるのは、唯一好きになって貰った男にしか出来ない事であると思うし、男は彼女専属のエンターテイナーとして、性を演出すべきとオレは考える。
そしてその向上心こそが、円満ライフだと思う。
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