確かに周りに酒飲みはいる。オレだってまあ、飲めるほうだ。
しかし、お相撲さんのそれは、全くレベルが違った。オレの毎晩の晩酌は、おちょこをなめる程度に過ぎない!!
大相撲酒豪番付というのが面白かったのだ。
大相撲 古今 酒豪番付
まずは(酒豪)東横綱、我が青森出身、初代若乃花
現役時代には若秩父と博多の屋台を3軒はしごして酒も肴もカラにしたという伝説が残っている。親方になってからも、ウイスキーを1本空けてから「さて出かけるか」と飲みに出たという。
「力士はウイスキーを飲むと腰が軽くなる」と言って、弟子には日本酒を勧めていたが、自らはウイスキーが多かった。ある人が理由を尋ねると、野太い声で一言。「日本酒はうま過ぎる!」
西横綱、大鵬
1晩に1斗(18リットル)飲んだこともあるといわれ、親友の王貞治と飲み比べをして、酔いつぶれた王がひと眠りして起きると、大鵬が変わらないペースで黙々と飲んでいたという。
場所の終盤、明け方まで飲んでいて付け人が「横綱、きょうは大関戦ですが」と心配すると「どうしておれが大関とやるのに寝なきゃいけないんだ」と豪語したとか。
東大関、北の湖
取り口同様、飲みっぷりも力任せ。成人の日に感想を聞かれて「おれ、きょうから酒やめる」と言ったのは有名な話。21歳2カ月で横綱に昇進したが、横綱審議委員会から飲み過ぎに気をつけるよう注文を付けられた。
アイスペールにブランデーやウイスキーを注いでみんなで回し飲みするのも好きだった。最近は体調を気遣い、若い頃に比べればはるかに自重し、ウオーキングも日課にしている。
東前頭筆頭、小錦
十両昇進が確実になった日、兄弟子に初めて飲みに連れて行かれた店で、チューハイを大ジョッキに37杯飲んだと自著で語っている。体が大きいので、ビールをタンクから直接、ホースで飲んだなどの話が、まことしやかに語られているが、好きで飲み歩くタイプの酒豪ではなかった。むしろ、付け人と数人で浅草の焼肉店の冷蔵庫を空にしたなどの大食伝説が多い。
そしてオレが一番うけたのはこのお相撲さん。こんな人いたんだね、知らなかった。西サモア(どこ?)出身とか。
西大関、南海龍
出身地のサモアではなかなか飲めなかったビールが、高砂部屋に入門したら山積みにされているのを見て大喜びしたという。その場の酒を全部飲み干さないと気がすまないほど酒好きで、1晩にビール100本などの伝説が残っている。酔って暴れ、何度もトラブルを起こした。付け人では手に負えず、兄弟子の小錦が駆けつけて張り倒し、気を失わせておとなしくさせたことも再三。
1988年、ホテルで暴れて警察沙汰になり、叱られると部屋を飛び出して行方不明に。ようやく見つかり、師匠の高砂親方(元横綱朝汐)から「お前、酒を取るか相撲を取るか」と聞かれ、「酒を取ります」と言って廃業した。
本業とを天秤にかけて、酒をとるなよ(笑)!しかし正直というか外国人ぽいというか。
日本人だったらいちおう相撲をとって、陰でこそこそ飲むよな。
いや~、力士とは宴を同席して、ましてや張り合っちゃいかんね。死ぬ(笑)!
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