最近、子供を怒れない大人が増えているとの事。
今や日本で子供を怒れるのは、なまはげくらいらしい。
オレが小学生の頃はよく先生から体罰を受けたものだ。今それをしたら新聞沙汰となり、その先生は免職になるご時世である。
普通に竹刀を携帯して廊下を歩く先生もいた。
小学校高学年時は担任の恐怖政治に毎日びくびくしていたっけ。当時の担任はほんとうに暴力教師だったなあ。
げんこつは毎日のようにクラスの誰かの頭上に降っていた。さらにミステイクを重ねた友達は蹴られて宙を舞っていた。
しかし、当時はそれが日常であり、普通だと思っていた。
しかし、当時の先生と同じくらいの大人になって、当時の自分と同じくらいの小学生とすれちがって思う。やり過ぎだっただろ、という事だ。
オレには小学生にげんこつをしたり思い切り蹴ったりは出来ない。そんな自分フィルターで、先生はやはりやり過ぎたと弾劾する。
しかし全く体罰はダメなのだろうか。
体罰は絶対ダメな風潮は保ちつつ、最終的な手段としてやむを得ない場合だけは行使しても良いというようにしてはどうだろう。警察官の拳銃のように。
警察官の拳銃使用のように、やむなく発砲をした時はその是非を問うではないか。最近の犯罪も凶悪化しているように、最終手段もじさない悪い子供もいるのでは?
体罰イコール即免職というのでは、教師の権力は一体どこへ行ったのかという時代に思う。もちろんオレの担任だった先生みたく、過度な体罰行使は免職でよし。