進駐軍が居た頃の朝霞は、想像以上のカオスだったようだ。発砲事件があったり、朝霞市民が射殺されても米軍人を罪に問えなかったり。
とくに売春婦が全国から集まってきたとかで、家族を養う為にそうせざるを得なかった、戦後の悲しい事情を朝霞の街は抱えていた。それは何となく叔父からの話しで知っていたが、ここまで・・・。と絶句した。
例えばちょんの間として朝霞市民が自宅敷地内の納屋等を時間貸ししていたとか、それを近所の小学生が目撃、パンパンと米兵がなんとか君の庭先に入っていった・・・等と日記に記していたりである。
当然それも戦後の経済事情から仕方のない事だったと思う。
叔父の自宅の近所で起きていた事であり、叔父が幼少のみぎりには親に、そこからそこまで絶対に近づいてはいけないと、よく言われていたとか。
それを深くうなずける本だった。
いま続編を読んでいるが、こちらも中々読み応えがある。
よくラーメンを叔父と食べに行った栄太楼のある栄町あたりに、米兵相手のバーの名残の建物があったが、まだあるだろうか。こんなの。